SPECIAL MAGAZINE #6

TAKU PUNPEE

☆Taku Takahashiをナビゲーターに様々なゲストを迎え、『“ASPIRE”= 未来を作る熱』をキーワードに送るトーク番組『#ASPIRE with EMPORIO ARMANI SOUNDS』。
第6回目のゲストは、トラックメイカー/ラッパー/シンガーとして音楽シーンを縦横無尽に駆けまわり、いまもっとも注目を集めているPUNPEEが登場。カリスマ的な存在感でアンダーグラウンドから圧倒的な支持を獲得、オーバーグラウンドからも熱いラブコールを受け革新的な作品の数々を生み出す彼は、“次代のスター”というに相応しいだろう。そんな時代の寵児がいま“Aspire”をキーワードに語ることとは?

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閉塞した状況を打破すべくスタートした
独特なキャリア

☆Taku 「PUNPEEくんは、非常に面白い存在だと思うんだよね。トラックメイカーであり、ラッパー、DJ、シンガーもこなして、バンドもやっている。それでいてメインストリームにはいないのに、非常にポップなものを作っている。最初にハマった音楽ってどんなのだった?」
PUNPEE 「メロコアやパンクでしたね。スケーターもやっていたんですけど、スケーターの中でも流行りがあって、オフスプリングが一番人気だった時期でしたね。いまでこそ“スケーター=ヒップホップ”というイメージがありますけど、当時は“スケーター=ロック”という感じでした。音楽もスケーターの先輩から教えてもらうことが多かったです」
☆Taku 「そこからどういう経緯でヒップホップにハマったの?」
PUNPEE 「ビースティ・ボーイズの存在だと思いますね」
☆Taku 「なるほどね、彼らはスケーターに近いスタイルだよね。じゃあ、キャリアのスタートはどんな感じ?」
PUNPEE 「最初に自分の名前が広まったのは、フリースタイルの大会で優勝してからだと思います」
☆Taku 「でも、MCをやる前はDJをやっていましたよね?」
PUNPEE 「板橋録音クラブという、僕がDJでMCが4人のグループを組んでいました。でも活動を続けるうちに、色々と停滞してきまして……」
☆Taku 「というと?」

PUNPEE 「イベントをやっていたんですけど、集客のノルマが課せられてて、人数を呼ばないとハコ代を自分で払わないといけないから……」
☆Taku 「活動を続けるには厳しい環境だよね」
PUNPEE 「そのときにこのまま活動していても、うだつがあがらないまま消えていってしまうという危機感があって、フリースタイルの大会に出場して、認知度が上がれば人も呼べるかなって考えたんです。そこからDJではなくMCの練習をするようになりました」
☆Taku 「そこから練習を始めたの?」
PUNPEE 「全然客が来ないレンタルビデオ屋でアルバイトをしていたんですけど、そのときに次のお客さんが来るまでフリースタイルを続けるっていう練習をしてたんです。そしたら、1時間とか普通にお客さんが来ないんですよ(笑)。1時間ずっと韻を踏み続けるという。それで自信がつきましたね。で、大会に出れば名前も広まるし、メンバーのMCたちのケツも叩けるかなって」
☆Taku 「DJのPUNPEEがフリースタイルの大会に出ることで、他のMCのやる気を出させた、と。さらに、そこからMPCを使ったトラックメイカーの大会にも出場したんだよね?」
PUNPEE 「同じアナログを2人に渡して、15分間でそのアナログをサンプリングして、どっちがかっこいいビートを作れるか、っていうのを競うんです。アメリカでも似たような大会があるんですけど、それはサンプリングネタに加えて、自分でドラムの素材を持ってきていいルールなんです。でも、僕が出場した大会では、ドラムが入ってない音源を渡されるんですよ(笑)」
☆Taku 「スパルタだね~」
PUNPEE 「だから、アナログに針を落とす音とかをサンプリングして、フィルターをかけて、キックにしたりしてましたね」
☆Taku 「よくそんなアイデアが咄嗟に出てきたよね」
PUNPEE 「追いつめられたからこそ出るものってあるじゃないですか。それが神がかり的に出たって感じですよね」

POSTSCRIPT from #ASPIRE

ユニークかつ斬新なスタイルで、プロデューサー/トラックメイカー/ラッパー……と1人何役もこなし、いまやオーバーグラウンド、アンダーグランドの両面で存在感を示しているPUNPEE。そのキャリア形成も実に独立独歩の印象がある。DJから短期間でMCに転身し、『ULTIMATE MC BATTLE 2006』で優勝。ヒップホップシーンのラッパーならこの一タイトルだけでも、喉から手が出るほどほしい栄誉だが、トラックメイカーの大会『AKAI MPC Beat Battle 2009』でも優勝。そもそもDJだけをやっていたら、MCバトルに出場しようという考えはなかなか思い浮かばないはずだ。独自の視点で世界を見ているPUNPEEだからこそ、閉塞感を感じたところから斬新な解決法を生み出してゆく。そんな独自の感性を貫く彼を裏付ける強烈なエピソードである。

ジャンルや職種が異なっても
必ず活きる経験とは?

A☆Taku 「PUNPEEは映画が好きなんだよね?自分で映像や映画を作ってみたいとは思わない?」
PUNPEE 「自分のMVを撮ってもらう時に、意見を言ったりはしますけど、やっぱり照明とか専門的な知識はないから…。追々やってみたいとは思ってるんですけど」
☆Taku 「俺は脚本家になりたいんだよね。ストーリーの背景とか考えるのが好きなのと、できないことへの“憧れ”でもあると思う。ジャンルが異なってもクリエイションには共通点があると思わない?」
PUNPEE 「ありますね。一周回ってかっこいいとされるもののトレンドとか、大規模で商業的なものと小規模でも熱狂的な信者がいるものの対比とか」
☆Taku 「ユニークな経歴といえば、ジョルジオ・アルマーニって、医者を目指したあとに軍人になって、その後デパートで働いた。で、ブランドを立ち上げたのが40歳の頃なんだよね」

PUNPEE 「随分遅いですね」
☆Taku 「様々な経験があったからこそ、物事が見えていったんだと思うんだよね。医者や軍人の頃の知識やアーティスティックな要素を併せ持ちながら、デパートではビジネスとして在庫の管理とか、何が売れるか?ってことを学んだはず。そういった様々な要素があってこそ、彼は成功したんだと思う」
PUNPEE 「なるほど。俺も保険の営業をやっていた時期があったんで、その話は少し共感できます。成績が悪くて仕事は嫌いだったんですけど、“どうしたら人に響くか”ということを考えていて、それは今でも活きていると感じますね」
☆Taku 「頑張った経験というのは、どこかで必ず活きてくるよね」
PUNPEE 「アルマーニはやはり勉強熱心な人なんですかね?」
☆Taku 「当然、努力家なのは間違いないけど、ビジネスと“やりたいこと”のバランスがとれている人だと思う。大好きな映画に衣装を提供したりとかね。真面目で熱心で、かつアーティスティックな人」

POSTSCRIPT from #ASPIRE

まったく違う分野での経験が活きた、もしくはそれを応用したり代用することで新しい道を切り拓くことできた、という経験はないだろうか? それぞれの業界にはマナーやルール、しきたりが存在するものだが、その道に何十年も従事していた人では絶対に思いつかないようなアイデアが、業界歴の短い人からスッと出されることがある。成功するか失敗するかは、まさに立案者のセンスによるところが大きいと言える中、アルマーニはそれを見事に成功へと導く。1975年にスタートした自身の名を冠した会社は、ファッション界を牽引し、今や世界中の誰もが知るブランドへと成長、40周年の時を迎えた。これは、彼の生まれ持ったデザイナーとしての才能と、彼自身が積み重ねてきた様々な経験や独自のキャリアがひとつにつながり、成し遂げられたものであろう。 “自分にしかできないこと”とは、“自分が通ってきた道をつなぐこと”。現代社会に生きる我々にとっても、自らを活かす重要なメソッドであることは間違いない。

人とは違うことやりたい、
それを突き詰めた結果の“普通”

☆Taku 「PUNPEEくんのファッションについて聞きたいんだけど。ここ数年でファッションも変わってきてるんじゃないかなって」
PUNPEE 「そうですね、いわゆる“ヒップホップ”っぽくないですよね。僕も最初はヒップホップっぽい格好してたんですけど。」
☆Taku 「例えば、どんな格好?」
PUNPEE 「NEW ERAのキャップをかぶって……、パーカをダボッと着てましたね。とりあえず似合ってなかったし、ダサかったですね(笑)」
☆Taku 「いまでこそPUNPEEくんの顔がわかるから、ヒップホップアーティストだと認識できるけど、もし知らないで電車で見かけても、ヒップホップの人だとは思わないだろうな~(笑)」
PUNPEE 「クラブに行っても、みんな同じような格好をしてるんですよね。ヒップホップを聴き始めたときに、他の人とは違う音楽聴いてるんだって自負があったんです。でも、みんなが同じ格好をしている。それってなんかおかしくないか?って思って、いまのような服装になりました。ヒップホップのいかつい雰囲気のところに、普通の服装で飛び込んで行くのがすごく楽しかったですね。」

☆Taku 「最初にPUNPEEくんに会った時に、TOWA TEIさんに似てるなって思ったんだよね。なんでだろ?って考えたんだけど、とげとげしくないし、物腰も柔らかいんだけど、パンクなんだよ。しかも、『パンクやろうぜ!』って感じじゃなくて、“天然パンク”」
PUNPEE 「(笑)。それはスケーターやってたからかもしれないですね。もともと反骨精神があるカルチャーでしたから」
☆Taku 「ヒップホップシーン自体もファッションが変わってきてない?」
PUNPEE 「そうですね。フォーマットがなくなってきて、自由になってきましたよね」
☆Taku 「自身のファッションの傾向で、好きなポイントってある?」
PUNPEE 「基本的には、自分にフィットするかどうかってことですけど、RHYMESTERさんとの“Kids In The Park”のMVでは、90年代のRHYMESTERのツアーTシャツを友達に借りて着たんです。観た映画をオマージュすることもありますし、そこにメッセージ性とか、普遍性があるものを好むようなところがありますね。」

POSTSCRIPT from #ASPIRE

若さゆえなのか、自分に似合わないファッションに身を包んでしまうことがある。「若かりし頃、なぜあんな格好をしていたのだろう?」と過去の自分を思い出して苦笑した経験がある人は少なくないのではないだろうか。あれは“勢いに身を任せた無茶”だったのか、それとも“自分探しの途上で見せた仮の姿”だったのか。年を重ねるとともに我々は、その人らしい“装い”を獲得してゆく。PUNPEEの場合、“ヒップホップという尖った音楽をやっている”という自負から“ヒップホップらしいスタイル”を掘り進めた結果、周りが皆同じ格好であることに対する違和感が芽生え、“音楽のカッコよさとの矛盾”に行きつく。そこで出した彼の答えは、「服装は“普通”なのにやっている音楽は“尖っている”」。音と装いのギャップこそが、彼にとってのカッコよさであるという結論を生んだ。「何を着るか」、ではなく「誰が着るか」、さらには「何を想って着るか」へ。“装いのアイデンティティ”はいつの時代も実験精神の先に現れる。

“秘密基地”の感覚を忘れない

☆Taku 「では、PUNPEEくんがいま、熱望、渇望する、“ASPIRE”なものごとってなんでしょう?」
PUNPEE 「何にでも“ビックリしていたい”ですね。不感症になりたくないというか、何か意欲を持ち続けていたい。いい年になってもこの感覚でいたいんですよ。興味を持つ、掘っていく、新しいことに挑戦する楽しさをずっと持っていたいですね」
☆Taku 「歳をとるにつれてその意欲が失われるかも、という恐怖みたいなものはあるの?」
PUNPEE 「いまのところはないんです。でも、歳を重ねるとその分、色んなことが早く感じられるようになると思うんです」
☆Taku 「物事の進化とか、世の中の進み方も早く感じられるけど、単純に時間の感覚も小学校のときと比較すると大人の方が早いよね(笑)。1日がすごく早くなる。」
PUNPEE 「そうですよね。時間が経つにつれて、どんどん人間性も固まっていく気もしていて、怒りっぽい人はより怒りっぽくなったりとか。そういう点に関してもあまり凝り固まらずに、常に柔軟でいたいですよね。率直にいうと、あまり難しいことを考えないで、ずっと“心の秘密基地”を持ち続けていきたい。」

POSTSCRIPT from #ASPIRE

「大人になる」、というのは一体どういうことなのだろう。“落ち着いた”とか“大人になった”そのように言われることは一般的に見てネガティブな意味では決してなく、世間ではむしろ成熟の証とされることの方が多い。そのような過程を、当然ながらクリエイターやアーティストも経験する一方で、むしろそれに意図的に抗ったり、やり過ごしたりするスキルが求められていることは興味深い。常に周りの事物に対して柔軟であり続けるために、“わかりすぎること”を拒否しているPUNPEE。新しいことを“新しい”と感じとれる力こそが彼のクリエイティビティの源泉であるとするならば、10年後も20年後もカッコ良い大人で居続けるために、彼はこれからも心の秘密基地を守り続けることだろう。商業的になりすぎることなく、映画という歴史あるクリエーションへの愛を温めながら、PUNPEEがPUNPEEで在り続けることを“ASPIRE”する。そのスタンスこそ、彼のアーティスト性そのものだと言えないだろうか。

SPECIAL MAGAZINE #6
EDITOR'S NOTES
キャリア形成、ファッション観を通して見えてきたPUNPEEというアーティスト像。オリジナルであることに誰よりも強く執着しながら、冷静でクレバーな視点と論理を持つ彼は、決して無理をしない自然体でシーンを飄々と縦横無尽に行き来している。そのスタイルは男性ならば、理想像としてあげたくなる“かっこいい生き方”のひとつかもしれない。
トーク中も、虚勢を張ることもなく“知らないことは知らない”とナチュラルに語る姿が印象的だった。それはつまり“自分を知っている”ということ。ファッション、音楽、あるいは“保険の営業”など自身のキャリアにおいても、その習熟のためにはまず“自分を知る”ことがその第一歩になってきたのだろう。現代社会を生きる我々にとっても、非常に重要な至言が散りばめられたトークになった。

PUNPEE

'06年Libra主催【UMB】東京代表。トラックメイカーとしてもRhymester、般若、Seeda、TOWA TEI、tofubeats、後藤正文等、Hip Hopアーティストを中心にトラック、REMIXを提供。2009年Akai主催によるサンプラー・バトル【MPC Gold Fingaz Kitchen】優勝など、良い言い方だと幅広く活躍中、悪い言い方だと何だかよくわからなく活動中。 自身のグループPSGでの1stアルバム『David』の発表や、グループとしてFUJI ROCK FESなどの出演、曽我部恵一との共作、
block.fm主催のradio program「Mixxed bizness」の展開やRedbullのTVCM、TBS系 水曜日のダウンタウンのOP他、断れない性格ゆえに色々活動(中)。
2012年には作品集MIX「Movie On The Sunday Anthology」が発売、PUNPEEの懐を少し潤わせた。P

#ASPIRE NEWS

  • LION BABE を迎え、EMPORIO ARMANI SOUNDS TOKYO開催

    2015年10月21日(水)、ニューヨークから初来日した話題のデュオ、LION BABEをゲストに迎え、
    EMPORIO ARMANI SOUNDS TOKYOが開催された。
    LION BABEはジリアン・ハーヴィーと、プロデューサーのルーカス・グッドマンから成る、ニューヨークを拠点に活躍する話題のSOULデュオ。
    恵比寿のアクトスクエアは、LION BABEのほかゲストDJ Kateb Habibによるパワフルなステージを楽しむ来場者たちの熱気に包まれた。
    詳しいレポートは、11月初旬にトップページにて公開予定。お楽しみに!