SPECIAL MAGAZINE #5

TAKU 浅野忠信

☆Taku Takahashiをナビゲーターに様々なゲストを迎え、『“ASPIRE”= 未来を作る熱』をキーワードに送るトーク番組『#ASPIRE with EMPORIO ARMANI SOUNDS』。
第5回目のゲストは、俳優の浅野忠信。2011年に『マイティ・ソー』でハリウッドデビューを飾り、2012年にも『バトルシップ』に出演するなど、世界を股にかけて活躍している日本を代表する俳優の1人。さらに自身のバンド:SODA!ではボーカル、ある時はテクノDJと多彩な活動をしている彼。40歳を超えた浅野忠信がいま“ASPIRE”をキーワードに語ることとは?

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“自分のわがまま”ではなく、
“作品のわがまま”

☆Taku 「じつは浅野さんと僕は同じ学年なんですよね」
浅野忠信 「そうなんですよね!」
☆Taku 「いま僕と浅野さんは41歳。この番組をサポートしてくれているアルマーニも今年で40周年を迎えるんです。浅野さんにとって、“40歳”は特別な節目だと感じましたか?」
浅野忠信 「20代の頃は、なにもわからないうちから好きなことを色々やらせてもらえて、それで評価もされていた時期でした。でも、自分のやっていることに限界を感じるときもあったんです。加えて、映画界も変化を迫られている時期だったと思います」
☆Taku 「それはどのような?」
浅野忠信 「90~00年代の頭は、インディーズフィルムが流行っていましたし、小さい劇場もいっぱいありました。それが僕が30代になった頃にはテレビ局が製作する映画が多くなったり、劇場も大きなシネコンが増えてきたんです。20代から30代になって、自分の限界を感じたり新しいことに挑戦したいと思ったこの時期と、この映画界の変化が重なっていたんです。 で、もっと大きい映画に出てみよう、と。でも、大変でしたね」
☆Taku 「予算が大きい小さいに関わらず、浅野さんが“演技をする”ことには変わりがないですよね。大変だったのはどんな部分ですか?」

浅野忠信 「20代の頃は、現場に行くと自分がいちばん若かったんです。でも、30代になると若い子もいるし、先輩もいる。新しいことをやりたいけど、周りの環境も変化していて、それに対応する心構えがなかったんですよね」
☆Taku 「ずっと若手ではいられないってことですよね」
浅野忠信 「そこから40~50代になった自分がどういう役をやりたいか、どういう人間になりたいか、って考えるようになりましたね。つまり“40代から50代のころになっていたい自分になるための準備”をするようになりました」
☆Taku 「30代になったときに考えていた40歳に、今なれていますか?」
浅野忠信 「バッチリなれましたね(笑)。どんな役がくるかわからないので、具体的ではないですけど、“こんな顔で笑っている”とか“クールな佇まい”といったイメージには合致しています」
☆Taku 「ポジション(役柄)の他に、自分の姿や存在感も想像してたんですね。 でも俳優にとって、絶対的な存在として“監督”がいるじゃないですか。監督の指示と自分の主張、どう折り合いをつけるんですか?」
浅野忠信 「監督によっては、すべてを自分の思い通りにしたい人がいるんです。でも、そこで諦めちゃいけないんですよね。99%まとめられても、1%は出口があるということを忘れちゃいけない。それを30代で壁にぶつかった時、学んだんです。続けていれば、やはり認めてくれる人がいるんですよ」
☆Taku 「浅野さんが演じる場合と、他の俳優さんが演じる場合で、まったく印象が変わりうるってことですよね。やはりそれは撮影の前に、演技について監督に提案したりするんですか?」
浅野忠信 「この役で自分はなにができるのか、と考えて、提案や意見は常にさせてもらっています。30代の頃はそれができてなかったんです。でも、いまは“浅野忠信”がやるべきことが見えてきているので、違うと思ったことは違うとしっかり言うようにしています。 自分の要望や意見を言うのは、“俳優のわがまま”ではなく、作品をよくするための“作品のわがまま”なんです」

POSTSCRIPT from #ASPIRE

20代は好きなことをやった。評価も獲得した。30代で壁にぶつかり、悩み、考えた。40代に入り、自分のやるべきことが見えた。奇しくも同級生同士の対談となった今回、『ASPIRE with EMPORIO ARMANI #1』でVERBALとの対談時にも話題に上った“40歳”というキーワード。孔子は40歳を“不惑”。つまり惑わなくなったと言っているが、浅野忠信もいま“不惑”の心境となりつつあるのだろう。
“浅野忠信”という俳優がやるべきこと、やってはいけないこと。それが“作品のわがまま”となりあらわれる。それは30代の頃に経験した“10年後、20年後のなりたい自分になるための準備”によるものだろう。“言うは易く行うは難し”。夢や理想を語るのは簡単だが、実際に行うにはそれ相応の準備と努力が必要だ、と浅野忠信はその経験から語ってくれているかのようだ。

正直に好きなことを貫く。
出来ることと出来ないことの境界線

☆Taku 「若い頃ってどんな音楽を聴いてましたか?」
浅野忠信 「RCサクセションとかオールディーズとか。母親も音楽が好きで、マイケル・ジャクソンやジェームス・ブラウンは母親から教えてもらいましたね」
☆Taku 「バンドもやっていたんですよね」
浅野忠信 「SEX PISTOLSにやられて、クラッシュやダムド、ラモーンズばかり聴いてました。シド・ヴィシャスの影響で、中学のときにベースを買ってもらいました。当時、BOOWYがすごく流行っていて、文化祭でBOOWYの『NO. NEW YORK』という曲をやろうって決まったんです。この曲のベースラインが難しくて、結局僕よりうまく弾ける人がベースを担当することになりました。全然弾けなくて(笑)。」
☆Taku 「中学ではベーシストデビューできなかったんですね(笑)」
浅野忠信 「なので、高校に入学して、すぐに軽音楽部に入りました。でも、高校にはベース弾けるやつがいっぱいいるんですよね。で、結局空いてたパートがボーカルだったんです」
☆Taku 「花形のボーカルってみんながやりたいもんじゃないんですかね(笑)。ライブではどんな音楽をやっていたんですか?」
浅野忠信 「いちばん最初のライブでは、JUN SKYWALKER(S)をやりましたね。あとはやっぱりパンク。特にラモーンズはよくやりましたね」
☆Taku 「浅野さんがいまやっているバンド:SODA!とはまた違いますよね。ハードコアのなかに、ファンクの要素が入っているようなサウンドですけど、いつ頃からこういった音楽が好きになったんですか?」
浅野忠信 「映画『バトルシップ』の撮影の時にニューオーリンズに行く機会があったんです。その時にすごく衝撃を受けました」
☆Taku 「いわゆる“音楽の街”ですよね」
浅野忠信 「本当に街じゅうが音楽だらけで、ストリート・ミュージシャンも“自分のため”に音楽をやっているんだなって感じたんです。いまの自分の欲を満たすために、音を鳴らしている」
☆Taku 「浅野さんも俳優を好きでやっているわけじゃないですか。ニューオーリンズのミュージシャンも好きで音楽をやっている。そこに違いはありますか?」

浅野忠信 「じつは俳優はやりたくて始めたわけではないんです。父親がマネージャーをやっていて、たまたまオーディションに受かって、たまたまスタートしたんです。本当はバンドがやりたかったんです。18歳の頃に父親に『俳優はやりたくない!』って訴えたこともありました」
☆Taku 「でも、ダメだった?」
浅野忠信 「反対されましたね。でも、おばあちゃんが慰めてくれて、本当に好きならバンドも続けていけばいいって言ってくれたんですよ。音楽は好きすぎて、誰かをマネすることが多かったんですけど、俳優に関してはすごくフラットに見れたから、『もっとこうすればいいじゃん!』ってどんどんオリジナリティを出すことができたんですよね」
☆Taku 「なるほど。確かに音楽をやっているときは、俳優のときとはまったく違う顔をしていますよね」
浅野忠信 「ニューオーリンズに行ってから、自分の好きな音楽を改めて聴き直してみたんですよ。ラモーンズもそうだし、ボブ・マーリィとか」
☆Taku 「ルーツに立ち返ったんですね」
浅野忠信 「僕はテクノもやってるんですけど、なんで好きかっていうと“ループ”が好きなんですよね。22歳の頃に機材を買って、音を作ってたんです。QY100って機材なんですけど、どこへでも持ち運べるからいまだに使ってます。色んなことができる機材は他にいっぱいあるんですけど、その“不便さ”がむしろ魅力なんですよね。ループが作れればそれでいいから、機能的にシンプルな分むしろ集中することができる」
☆Taku 「僕もDJをやりますけど、いわゆるお客さんの“期待”がありますよね」
浅野忠信 「地方とかにDJしに行くと、最初はお客さんが僕の写真を撮ったりしているんですけど、徐々にお客さんに『もっとアゲろ!』って言われたり(笑)。それでも自分の出したい音だけを出すんです。それで30分もするとフロアがガラガラになるんですけど(笑)。最後にコアな人だけが5人くらいフロアに残ってくれて、『君たち、聴いてくれたんだね』と(笑)。僕には“これしか出来ない”から、“自分の出来ないものは出来ない”とハッキリさせるのが大事。僕の音が好きな人はちゃんと残ってくれる」
☆Taku 「自分に正直にってことですね」

POSTSCRIPT from #ASPIRE

社会で生きていく上で、ちょっと背伸びしてしまうことや無理をしてしまうことが誰にでもある。“気づいたらそうなっていた”、“やらなくてはいけなかった”、その理由は様々だろう。アーティスト(表現者)と一般の人たちでは、そのシチュエーションにこそ違いはあっても「安請け合いをして後悔した」、言ってみればそんな気分に近いのかもしれない。仕事だからという理由でどうしてもやらなくてはいけない場面であっても、“自分に正直”になることで、“好きなこと”“出来ること”“出来ないこと”を見極め、自分を理解できていれば、より自分らしく振る舞うことができるのではないだろうか。その結果として、同じような価値観を持つ人たちが自然に集まってきたりもするのだろう。無意識になりがちな“自分らしさの境界線”を意識的に引くことで、より豊かな人生というものが身近な存在になってくるように感じた。

“それっぽい”服を着るのではなく、
“考え方”を着る

☆Taku 「今年、カンヌ国際映画祭のレッドカーペットに出席しましたよね。この番組をサポートしているアルマーニのスーツを着て、ブラッド・ピットやチャン・チェンなども同じレッドカーペットを歩いているんです。レッドカーペットを歩くときって衣裳はどうやって決めてますか? 結構、こだわりがあると思うんですけど」
浅野忠信 「僕が絶対的に信頼を置いているスタイリストの北村道子さんにお任せしています。彼女は、いわゆる“それっぽい洋服”を提案するんじゃなくて、“ひとつの考え”を提案してくれるんです。例えば、シド・ヴィシャスっぽい服を着てるということより、SEX PISTOLSの精神である“世の中に反発したい”っていう考え自体の方がリアルですよね? 北村さんはそういった“考え”を持ってきてくれる人で、やはりそれを着たときにメッセージも伝わるんですよね」
☆Taku 「浅野さんがフォーマルな服を着ても、どこかしらワルっぽい感じが出ますよね」
浅野忠信 「そういった意味ではスーツは面白いですし、学生服なんかも、シンプルなぶん非常に個性が出ますよね」

☆Taku 「人によって着こなしが変わりますもんね。ちなみに僕は学生服のズボンをまくって穿いていましたね(笑)」
浅野忠信 「なるほど(笑)。僕もこのズボンのときは、シャツを出すとか、ベルトをしたりしなかったりとルールを決めてましたね(笑)」
☆Taku 「アルマーニの広告モデルもつとめたシンガーのリアーナと『バトルシップ』で共演してますよね? 撮影のときにコミュニケーションはとりました?」
浅野忠信 「すごい気さくな子ですよ。『バトルシップ』での僕の役名が“ナガタ”で、本名“アサノ”と混じって覚えたみたいで、『アサダ~!』って声をかけられましたね(笑)」
☆Taku 「僕はいまだにアメリカ人のノリというかダイナミズムに圧倒されることが多いんですけど、浅野さんは慣れましたか?」
浅野忠信 「最初はテンションを高めていこうと思ってたんですけど、『出来ない』と思いましたね。僕は日本人ですから。カルチャーの違いに戸惑うこともありますけど、“自分はこういう人間”というのを理解してもらうと楽なんです」
☆Taku 「特にアメリカには色んな人種がいますからね」

『第68回カンヌ国際映画祭』にてジョルジオ アルマーニのタキシードジャケットを着るチャン・チェン

アルマーニの広告モデルを務めたリアーナ(2011年)

POSTSCRIPT from #ASPIRE

「自分の好みや考えを分かってくれている」と浅野忠信が絶大な信頼を置いているスタイリスト、北村道子さん。わかった上でTPOに合わせて“俳優・浅野忠信”が着るべき洋服を選んでくれる。その洋服を着ただけで、会う人、見る人にメッセージを伝えることができると浅野忠信は語る。例えば、みんながフォーマルに着飾っている場所に、ラフな格好をして行くと、そんなつもりはなくとも“ルールを逸脱する人間”に見られるかもしれない。選んで服を着るということは、自分はこういう人間だと伝えるということでもある。スーツのような“一定の型”が存在するジャンルほど、より個性を伝えることができると語る浅野。これまで漫然とコーディネートをしていた人は、ちょっとした“考え”をファッションに取り入れてみることで、人に与える“印象”がより具体性をもった“メッセージ”へと進化するかもしれない。

好きなことをやり、“喜び”を持続させる

☆Taku 「“ASPIRE”は“熱望”や“渇望”という意味があるんですけど、いま浅野さんが“ASPIRE”するものごとってなんでしょうか?」
浅野忠信 「今後の人生のなかでも変わらないことだと思うんですが、“喜び”ですね。自分のなかにある“喜び”は、自分で作ることができる。これを持続させることですね。 俳優の仕事もそうですし、音楽もそうです。明日、警察の役をやったら、明後日は泥棒の役をやるかもしれない。演じる“喜び”は絶対に存在するんです。その喜びは画面を通じて、見ている人に伝わるかもしれない。だから、まず自分が“喜ぶ”こと。 不幸になるのは簡単なんです。でも40歳になって、そういうのはもういいかなって。ネガティブに考えなければいいだけなんですから。 喜びを持続させるために大変なのはいいけど、よくわからないことで不幸になるのは意味が無いですよね」
☆Taku 「本当に時間の無駄ですよね」

浅野忠信 「だから、“やりたくない”ことはやらないでいいと思うんです。なにもしたくないなら、なにもしなくていい。でも、“なにもしない”っていちばん大変で、3日もすれば飽きる。そうなったときに“○○をしたい!”って思えてたら、それをやればいいと思います。 喜びのために大変な思いをしていれば、よけいな不幸は起きないと思いますし」
☆Taku 「浅野さんって、俳優をやってるときも、バンドやDJをやってるときも、絵を描いているときも、常に“浅野忠信”なんですよね。それらは全部“自分を喜ばせる”ためのキーファクターになっているということなんですね」

POSTSCRIPT from #ASPIRE

「好きなことだけやるなんて無理だよ!」 と、社会に揉まれて生きる我々はつい言いたくなるかもしれない。しかし、それはすでに“ネガティブ”な発想に陥っている証拠だと言えないだろうか。“幸せ”と“不幸”は表裏一体であり、その人の考え方・捉え方次第。40歳という年齢を超えて、浅野忠信が辿り着いた境地はここにある。誤解したくないのは、決して“楽をする”わけではないこと。常に“浅野忠信”であるために全力を尽くす。喜びを持続させるためには、本当の自分を真正面から向き合う並みならぬ努力が必要となる。

SPECIAL MAGAZINE #5
EDITOR'S NOTES
仕事である俳優業、趣味・生きがいである音楽、そして、今後の生き方について浅野忠信が語ったASPIREは、“自分の好きなこと・やりたいこと”を貫徹した先に現れる“喜び”を素直に感じ続けること。
「浅野忠信がやるべきでないことはやらない。」ただのわがままを超えてそんな強い意思を保ち続けることができる秘訣には、40年間の人生経験もさることながら俳優という“伝える相手のいる職業”が大きく影響しているように感じた。
考え方や感じ方は人それぞれの価値観に左右されるゆえに万人に共通した平均値など一見無いかのように見える。そんな人々に何かを伝え、彼らの心を動かすことを生業とする浅野がエネルギー源としているものは、ほかでもない“強いメッセージをもった自分”=“喜び続けている自分”なのだろう。
“自分らしくあること”“他人に伝えること”が難しいと言われる現代。自分自身と真正面から向き合い、心の声に耳を傾けることで得られる“喜び”という名のASPIREは、きっと周りにもポジティブに伝わっていくことだろう。

浅野忠信

1973年11月27日生まれ。
神奈川県出身。
主演作、セルゲイ・ボドロフ監督『モンゴル』が、2008年の第80回米国アカデミー賞で外国語映画賞にノミネートされる。
2011年、ケネス・ブラナー監督『マイティ・ソー』でハリウッドデビュー。
昨年、熊切和嘉監督『私の男』にて第36回モスクワ国際映画祭コンペティション部門最優秀作品賞と最優秀男優賞をダブル受賞し、さらに同作で今年の第57回ブルーリボン賞主演男優賞を受賞した。
今後は、今年の第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門監督賞受賞作品の黒沢清監督『岸辺の旅』が10月1日に、瀧本智行監督『グラスホッパー』が11月7日に、山田洋次監督『母と暮せば』が12月12日に公開される。

#ASPIRE NEWS

  • 「EMPORIO ARMANI SOUNDS」東京公演が10月21日に開催!ゲストに気鋭のデュオ:ライオン・ベイブが登場!

    エンポリオ アルマーニが世界の各都市を巡回する音楽イベント「EMPORIO ARMANI SOUNDS」。今回はゲストに気鋭のR&Bデュオ:ライオン・ベイブ(http://lionbabe.com/)を迎えて東京公演を開催。
    ライオン・ベイブは、かのヴァネッサ・ウィリアムズを母に持つジリアン・ハーヴィと、プロデューサーのルーカス・グッドマンによるユニット。エリカ・バドゥを思わせるブルージーなジリアンの歌声は、ファレル・ウィリアムス、Q-TIPといったトッププロデューサー/アーティストの作品にもフィーチャーされるなど評価が高く、ルーカスの巧みなプロデュースワークによりそれは独自で先進的なサウンドへと昇華している。
    そんな次代のサウンドを体感できるとあって、今回の「EMPORIO ARMANI SOUNDS」も見逃せない一夜になりそうだ。

    EMPORIO ARMANI SOUNDS 東京公演
    2015年10月21日(水)
    20:00 - 23:00
    @ACT SQUARE
    東京都渋谷区恵比寿4-19-19
    http://actsquare.com